おやじの挑戦、52歳で独学1年でラ・カンパネラを仕上げたその「5年後」。

「ラ・カンパネラ」に取り組み、人に<感動>を与えた演奏の軌跡(奇跡)

 

 

今回は、「おやじの挑戦、<ラ・カンパネラ>シリーズの第3段の記事」になります。前回までは初心者の男性が一念発起で超難曲のリストの「ラ・カンパネラ」を独学で弾けるようになったお話、その後、ピアノの先生に師事するようになったこと、またその後はコンクールなどにも挑戦してきたことなどをご紹介してきました。今回の記事では、その後、5年が経過してどうなったのか?という話などもお届けさせていただいています。

 

管理人(Minna)の質問に、この男性(徳永さん)が答えて下さったので記事にさせていただくことにした次第です。ピアノの指導者として知りたいことがたくさんあって、かなりたくさんの質問をさせていただいたのですが、快くお返事を下さり、本当にありがたく思っています。

 

前回の記事をまだお読みで無い方はコチラを先にお読みくださいね。

 

おやじの挑戦、50代で「ラ・カンパネラ」を独学・1年で弾けるようになった男性の話(前編)

おやじの挑戦、50代で「ラ・カンパネラ」を独学・1年で弾けるようになった男性の話(後編)

 

今回も、ほとんど私の徳永さんの会話をほぼそのまま掲載させていただいています。私が書き換えてしまうと、細かいニュアンスが伝わりにくくくなってしまうかも?という判断をしましたので、このような形になりました。

 

読みにくい部分もあるかもしれませんが、お許し頂けるとありがたいです。

 

 

 

いつの段階で「ラ・カンパネラ」を演奏できたと思ったのか???

 

 

Q:徳永さんはいつラ・カンパネラを弾けたと思いましたか?

 

私(Minnna)の推測ですが、(今の徳永さんであれば私の言葉の意味がわかると思うのですが)、ピアノを始めて1年後の「ラ・カンパネラ」を当時の徳永さんは「弾けていた」と思っていたわけですよね? それとも、「弾けていなかった」と思っていたのでしょうか?

つまり、何が言いたいかというと、

最初は「その音が鳴っていただけ」だと思うのです。

それがわかっているので、徳永さんの奥さんは(私も含む)「ラ・カンパネラ」は私には弾けないと言ったのだと思うのです。

(粒が揃わないとか、音が滑って胃など、音がわかるので)でも、徳永さんの場合は、わからない→それが返ってよかったのではないかと私は思っています。その当時の徳永さんはどう思っていたのでしょう???

 

A:

まさしく、先生の言われる通りです。
ピアノを始めて1年の頃は、あとスピードを速くしたらOKだと思ってました。(^^ゞ

 

今は妻やピアノの先生達が「カンパネラは弾けない」と言われますが、私の今の演奏の奥の奥の私には見えないもっと奥深い演奏を出来て初めて弾けると言えると思われているのだと最近分かり始めました。

でも、私の妻は最初の跳躍で挫折したと言ってます。(^^ゞ

 

 

 

「ラ・カンパネラ」だけを何度も人前で演奏。大学のホールでも演奏することに。

 

 

Q: 1年後のコンクールの後の演奏の経験についてお聞かせいただけますか???

 

ラ・カンパネラが形だけでも演奏できるようになって、1年が経過した頃に最初のコンクール(九州新聞社主催)に出た話は前回の話の通りです。

 

その九州新聞社のコンクールの後、妻の発表会に出演、その年に妻のピアノ先生繋がりでゲスト出演を2回しました。

 

その後、10月10日に佐賀短大の学長の頼みで、保育科の生徒にピアノも頑張れば短期間で上手になれる教科書代わりにと、私の演奏を授業の中で弾いてくれ、と頼まれ大学のホールで弾きました。

 

妻のピアノ室にはいろんなコンクールのパンフレットがあり、2年が経過して、「自分では上手になった」と思ってステップに挑戦しました。

 

私にっとてこの頃がピアノ歴に比例していうのなら、1番、上手かった時期だと思います。

丁度おやじの挑戦2年と同時期です。

 

ピティナのステップの時の審査委員の戸沢睦子先生が私の演奏に感動したと言って下さり、会の最後に先生方の講評を言われる時に私にもステージに上がってくださいと言われました。

 

ラ・カンパネラと関わってきた「2年間の練習」や「ピアノに対する気持ちなど」を子供たち話して貰えますかと言われました。

 

そして、良かったら(戸沢先生の地元の)埼玉の子供たちにも徳永さんの演奏を聴かせてあげたいとまで言われました。

 

 

 

Q ピティナのコンクールの予選を通過したことについて教えて下さい。

 

 

ピアノを弾き始めて2年2ヶ月でコンペティションに出ました。

 

曲の途中で弾き直しをしなかったら通るかな?と思ってエントリーしましたが案の定弾き直しを2回しました。

 

私は他人の演奏の良し悪しは全然分からずに落ちたと確信していました。

 

でも、妻と先生は「まだ、分かりませんよ。可能性はあります。」と言ってました。ラフマニノフを弾いた人は私を慰めていて、彼は自信が有ったみたいでした。

 

発表されて見に行ったら、8人受けて3人通過でした。

 

私の名前がありましたが信じられないので、受付の人に間違いではありませんか?と尋ねたら、「間違いありません。」と言われました。

 

私の体はその時、嬉しさでフワフワ浮遊しているようで、今思うとその時、20~30センチは身体が浮いていたと思います。(笑)

 

点数はうろ覚えで正確な点数ではないのですが、通過最低点は8、0だと記憶していますが、

 

私の採点は4人が(7,8)・(7,9)・(7,8)・(7,7)・(9,0)でした。

 

なぜ、1人だけこんな点数を私にくれたのか・・・???

人だけ他の人にも高点数を付けているのか・・・???

 

その高点数を付けて頂いた先生の講評では、「緊張されていたのかミスがありましたね。
これからも頑張って下さい。応援してます。」と書かれてました。

理由はわかりませんが、通過は通過でしたのでとても嬉しかったです。

 

 

Q:1日に何時間も練習されたのですよね?その気力はどこから来たのでしょう?

 

それにしても5時間、6時間、ピアノの前に座っていられるというのもすごいです。

1,楽しいと思うから座っていられるのか?
2,やらなきゃいけないと思って、座って入られたのか?

徳永さんとしてはどちらだと思いますか?

 

私は普段は、朝4時に起きて7時まで朝練習をしています。そして、夕方にも3時間。

最初の2年間はピアノの練習が面白くてあっという間に3時間たってました。

多分、妻が止めなかったら何時間でもしてました。最高10時間飯も食わずに連続の時もありました。

・・・・

でも、この4~5年は半音階や4連付?(4つ連続で早く弾くやつです)が上手く出来ず、そればかり2時間もしていると飽きてしまって、ピアノの椅子に座るのが嫌になって来て、挙句にはピアノを辞めようとした時期が何回もありました。

でも、YouTubeにアップロードした演奏の動画を見て、日本全国の人達が私の演奏を褒めてくれたり、応援の言葉をかけてくれたりしたので、もう少し頑張ってみようかと思い直しながらここまで来ました。

私のカンパネラは、私だけで弾ける様になったと思ってません。

コメントを下さった皆さん、高評価を押して下さった人達の応援があったお蔭でここまで弾ける様になったと思ってます。

 

 

ピアノを弾き始めたことが、徳永さんの人生を大きく変えることに

 

先日、7本指のピアニストの西川悟平さん(ニューヨーク在住のピアニスト。凱旋帰国され、(2017年に)全国ツアーで日本全国を回られていて、パナソニックのコマーシャルでも出演されている。

 

数年前に指の酷使と精神的要因でジストニアと言う難病にかかり、全部の指が動かなくなり、数年の治療の末7本だけ指が動くようになりピアノを演奏している人)のコンサートを聴きに行き、コンサートの終わった後、公開レッスンをして頂ける機会に恵まれました。

 

「曲は難曲ですが、期待しないで聴いて下さい」と私が言ったら、「期待してないから良いよ。」とサラリと言われ、西川先生の前で「ラ・カンパネラ」弾いたら、開口一番、「最初のトン・トン・トンを聞いた時点で感激した。

「音色が素晴らしく、技術は抜きにして音に魂が込められている」と褒められました。

 

その後、「ニューヨークのスタインウエイの本社にある、スタインウエイホールで私と一緒に弾いてみないか?12月9日にプロのピアニスト達とクリスマスコンサートがあり、スタインウエイの人に推薦するから」と夢の様な言葉を言われました。

 

確かに、自分でも、ここ最近は半音階に手応えを感じて来て気分が良くなり、曲全体が格段に良くなったと思っていたし、「今までのカンパネラの中では最高の演奏が出来た」と思ってはいたのですが、こんなビックな夢の様な話が来るとは夢にも思わなかったです。

 

でも、この話が信じられなくて、本当は半分以上お世辞で言われたと思って、次の日に確かめたら
具体的な事を言われたので、本気で言われたのだと確信しました。

 

 

何がきっかけで人生が変わるかなんて誰も分からないのですね?

 

 

ここまでが、徳永さんと私のメールのやり取りの内容です。

 

ざっと、徳永さんのピアノ人生の5年間を「あらすじ」にすると、

 

・パチンコで大きく負けてパチンコをやめて、あまりにも時間ができて 暇になりすぎたので、ピアノをやろうと思った。

他の曲を知らなかったので「ラ・カンパネラ」に挑戦した。

最初は音符も読めなかったので、ヒカル鍵盤で練習した。

最初の1年は独学で頑張った。

曲は最初は15分もかかっていたが、今は5分を超えるくらいで演奏できるようになった。

いくつかの発表会、演奏会に出演した。

大学のホールでも演奏した。

ピティナのコンクールでも入賞できた。

ピアニストさんの前で演奏したら「ニューヨークで一緒に演奏しないか?」と誘われた。

 

こんな感じのストーリーになります。

 

1日に6時間、10時間も練習するなど、その努力もすごいと思うのですが、この世界って徳永さん自身は気づいていらっしゃらないのでしょうが、徳永さん自身が作り上げた世界なんだな・・・と感じる部分がたくさんあります。

 

この続き、私が徳永さんの行動や考え方を知ることができ、その内容は、他の人も絶対に真似できる!と感じる部分もたくさんあります。

 

あなたは、徳永さんは特別な人だから???と思われますか?

 

私の推測なのですが、きっと徳永さんは6時間練習しなきゃいけない・・とは思っていないと思うのです。多分、出来るようになるのが楽しくて気がついたら6時間が経過してしまっていたという感じだったのではないかと???

 

もし、あなたの練習時間が30分が限界・・・って思うタイプの人だったとしたら、だったら10年をかければ同じになりますよね?そういう考え方もアリなんじゃないかな???って私は思います。

 

この話が、特別なお話というのではなく、ちょっとでも考え方を変えたり、あなたの概念がちょっとでも変わるカンフル剤?のような役目を果たしてくれたら良いな・・・と思います。

 

メルマガになると思いますが、近いうちに、私が徳永さんのお話から感じた内容のお話を別にさせていただきますね。

 

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2 件のコメント

  • う~む、深いです。
    今回の記事も深いです!
    人生の転機って、分からないものですね!

    >「この話が、特別なお話というのではなく、ちょっとでも考え方を変えたり、あなたの概念がちょっとでも変わるカンフル剤?のような役目を果たしてくれたら良いな・・・と思います。」

    全身に電気ショックを受けたぐらい、考え方が変わりました!
    ありがとうございます!

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